重慶大廈とスターフェリー 〜『深夜特急』の舞台を訪ねて香港の街を歩いてみた!
2017/05/09
読めば思わず旅に出たくなる『深夜特急』
旅人のバイブル『深夜特急』
『深夜特急』という沢木耕太郎の手による小説をご存知でしょうか?
デリーからロンドンまでを乗合バスだけを乗り継いで踏破してやる!ってことで全てを投げ出し,日本を飛び出した主人公<私>の物語。沢木耕太郎さんご自身が旅行した体験に基づいたお話です。
様々な人々や事件に出会いながらロンドンにたどり着くまでの旅の途上の光景が,活き活きとした目線で克明に描かれていて,歴訪した異国の街での出来事の描写や話のテンポのあまりの絶妙さに,思わず自分がバックパッカーになったかのような錯覚にとらわれます。
恥ずかしながら,かつてはバックパッカーのバイブルとまで言われたこの小説を私が手にしたのは40歳を過ぎてからのこと。「若い頃に読んでいたら人生変わってただろうな〜」と思う反面,あまりにも「どこでもいいからとにかく旅に出たい!」という気にさせられることから,「あの頃に読んでなくて良かった!」と思わされたりもします。
深夜特急を読んでそのまま旅に出て人生を狂わされた若者も多いはず。
アパートの部屋を整理し,机の引出しに転がっている一円硬貨までかき集め,千五百ドルのトラベラーズ・チェックと四百ドルの現金を作ると,私は仕事のすべてを放擲して旅に出た。
引用元:沢木耕太郎/『深夜特急1 香港・マカオ』/新潮社/ISBN-13: 978-4101235059
さすがに40代も半ばに差し掛かり,まだまだ小さい娘を抱えた状態でこんな「放擲」の旅に出てしまったらまずいけど,それでも思わず「放擲の旅」への憧れを抱かせる,そんな魔力を持ったお話なのであります。
新潮社から発刊されている全6巻の『深夜特急』。これまで何度読み返したことやら。
いざ深夜特急の舞台へ
さて,日本からデリーまで直行するつもりだった<私>が手にした格安航空券。これがたまたま2都市でストップオーバーできるチケットだったことから,最初の渡航地に選んだのが香港。
突如として決まった今回のひとり旅の地に香港を選んだのは,一度は『深夜特急』の舞台となった彼の街を歩いてみたいと思っていたことも大きな理由の1つでした。
シェラトン香港へのチェックインを待つ間に,早速香港の街を少し歩いてみることに。

彌敦道(Nathan Rd.)
ちょうどホテルの前が彌敦道(Nathan Rd.;ネイザンロード)。沢木氏も幾度となく歩いたはずの道。いざ『深夜特急』の舞台へ参らん!!。
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いかがわしき重慶大廈(チョンキンマンション)も今は昔
最初に向かったのは,シェラトン香港からも程近い重慶大厦(Chungking Mansions;チョンキンマンション)。
面白そうだな,と思った。このいかにも凶々しくいかがわしげな宿の窓からは,絵葉書的な百万ドルの夜景も国際都市の活気あふれる街並も見えなかったが,香港の人々の日常を,だから素顔の香港そのものを眺めることができそうだった。しだいに,泊まってみようかなという考えが頭をもたげてきた。
引用元:沢木耕太郎/『深夜特急1 香港・マカオ』/新潮社/ISBN-13: 978-4101235059
ひょんなことから<私>が投宿することになった黄金宮殿迎賓館(金宮招待所)の入る雑居ビルが重慶大厦です。

『重慶大厦(Chungking Mansions)』
「ニセモノーあるよ〜」とか言う怪しい客引きがビルの前にたむろしてはいるけれど,あまりにもあっけないほどごくごく普通の複合商業施設っぽい見た目。
外観もすっかり改装され,「現代版九龍城」や「犯罪の温床」と呼ばれていたというのも今となっては昔の話なのでしょうね。
内部にも潜入してみました。怪しげであるのは間違いないけれど,怖さを感じるほどのものでもない。
エレベーターにも監視用のモニターが取り付けられ,治安状態は明らかに改善されているのでしょう。それでも,さすがにエレベーターに乗り込んで,階上のゲストハウスを確認しに行くまでの勇気はありませんでしたけどね。
友人のekatoさんは,その昔,バックパッカーがまだバックパッカーと呼ばれていなかった頃,この重慶大厦の最上階のドミトリーに宿泊した経験を持つそう。本人によると広州からボートで香港に入国して,船内で知り合った欧米人に連れてってもらったんだとか。
そんな人が今年はSFC修行をしているというから面白い話です。また一緒に飲みたいものですね〜。
天星小輪(スターフェリー)で豪華な航海
無事にホテルへのチェックインを果たせたので,お次は香港島に向かうことに。
重慶大厦以上にこの目にしてみたかったのが,「六十セントの豪華な航海。私は僅か七,八分にすぎないこの乗船を勝手にそう名付けては,楽しんでいた」という天星小輪(Star Ferry;スターフェリー)。

『 THE PENINSULA 』
<私>がガイドブックをもらったというペニンシュラの前を通って,

『天星碼頭(Star Ferry Pier)』
少し歩けばもう天星碼頭。スターフェリーのターミナルです。
早速乗り込んだ船内は思った以上に広く,
座席も星マーク。
人が狭い空間に密集し,叫び,笑い,泣き,食べ,飲み,そしてそこで生じた熱が熱気を立てて天空に立ち昇っていくかのような喧騒の中にある香港で,この海上のフェリーにだけは不思議な静謐さがある。それは宗教的にも政治的にも絶対の聖域を持たない香港の人々にとって,ほとんど唯一の聖なる場所なのではないかと思えるほどだった。
十セントの料金を払い,入口のアイスクリーム屋で五十セントのソフト・アイスクリームを買って船に乗る。木のベンチに坐り,涼やかな風に吹かれながら,アイスクリームをなめる。対岸の光景はいつ見ても美しく,飽きることがない。放心したように眺めていると,自分がかじっているコーンの音がリズミカルに耳に届いてくる。このゆったりした気分を何にたとえられるだろう。払っている金はたったの六十セント。しかし,それ以上いくら金を積んだとしても,この心地よさ以上のものが手に入るわけでもない。六十セントさえあれば,王侯でも物乞いでも等しくこの豪華な航海を味わうことができるのだ。
六十セントの豪華な航海。私は僅か七,八分にすぎないこの乗船を勝手にそう名付けては,楽しんでいた。
引用元:沢木耕太郎/『深夜特急1 香港・マカオ』/新潮社/ISBN-13: 978-4101235059
この一節から勝手にフェリーの甲板席を想像していましたが,上層(Upper Deck;アッパーデッキ)と言っても屋根付きのただの2階席だったのが予想外でした。
“60セントの豪華な航海”が,今では“3ドル40セント(それでも約50円)の航海”となってはしまったものの,生憎の天気のせいでホテルからだとあれほど恨めしく思えた香港島の眺めが,洋上から眺めるといかにも趣ある光景に変わるから不思議なものです。
スターフェリーに乗船している時間は僅か7,8分に過ぎなかったけれど,確かに“豪華な航海”だったのでした。
廟街を歩くなら夜がいい!?
廟街(男人街;Temple St.)にも行ってみました。
香港は毎日が祭りのようだった。
もちろん,四百万を超える人々が日常的な生活を営んでいる以上,「毎日が祭り」だなどということがあり得るはずもない。しかし私にとっては,彼らの日常そのもののが祭りのように感じられてならなかったのだ。それは,廟街に初めて遭遇した際の印象が,あまりにも強烈だったからかもしれない。
引用元:沢木耕太郎/『深夜特急1 香港・マカオ』/新潮社/ISBN-13: 978-4101235059

廟街(男人街;Temple St.)
残念ながら祭りを感じさせるべくもない閉店ガラガラ状態の廟街(男人街;Temple St.)。
それでも見上げると,大都会の中に感じるアジアの香りが何だか好き。

『香辣蟹(Temple Spice Crabs)』
ここは夜に来るべき場所だったのかと思っていたら,この夜の香港在住の友人との食事は偶然にも廟街の南側入口近くにあったこちらのお店でした。
まとめ
誰かの旅を辿るという未だかつてないことを試してみた今回のひとり旅でしたが,これはこれで面白かったです。とはいえ,やっぱり自分なりの旅をする方が当たり前だけどいいですねー。
本来ならイスタンブルに旅行してるはずだった2017年のゴールデンウィークにこの記事を書いているからこそ,余計にそんなこと思うのかも知れません。そういえばイスタンブルも『深夜特急』ゆかりの地でしたね。